おととい一目惚れした写真集
星空をとったやつ

昨日かった。

きれいな写真集。
いってみたいなぁというところがたくさん。

電気のない世界では
もっともっときれいに見えていたのではないのかしら
とふるーいむかしをうらやましくおもったり。

昼は太陽で
夜は星で
明るさは十分だったのでは

思ってみたり。

昼も夜も
ひかりもかげも
いいこともわるいことも
表裏一体ですな。

便利なのもいいけど
それで人の能力の何かを補ってもらっている分
使われなくなって欠けてしまった能力も
きっとあるのでしょうな。

それがいいか悪いかは別として。

しかしー
何かが一つかけたとしたら
たぶんだけど
いろんなものがつながっているはずだから
人の体の中に限らず
大きく何か欠けてしまうものではないでしょうかね。

それが何かはきっと分かりえないけど。

ふしぎです。
世の中はふしぎです。

表もあればそれには裏があって
何かを得たら何かがなくなるし
きっとそうやって
人のみならず
世の中はバランスを保っているのですね
物質的なものも精神的なものも。
たぶん。


うれしいことの遠いうらには
かなしいことがある
と思うけど
それを考えると素直に喜べないので
うれしいことには深く感謝をして
でも
もし万が一かなしいことがあったとしたら
その遠いうらにきっと喜ばしいうれしいことがあったに違いない
と思ってみたらいいかもしれない。

じこちゅーな私にはとうてい無理なことなのだと思うけど
そうやって思える努力をしてみてもいいのではないか
と今思った。

何かがなくなるのはすごく悲しいことですが
その遠い裏ではなにかがうまれていて
きっと消えることはなくて
きっと全部はつながっているから
なくなった何かは
いろいろ連鎖して
どんどん変化して
小さくて濃いものになるかもしれないし
大きくて薄いものになるかもしれないけど
ひとつかもしれないし
たくさんのものかもしれないけど
とにかく
何かしらの何かになっている
と思うわけです。

だから
悲しいきもちも
そう考えるとなんだかちょっとだけ
和らぐのではないかと思うし
そういう悲しいきもちも
連鎖して伝わって変化して
もしかしたら違う
気持ちやものになっているかも。

とか思ってみる。


ほへー。

脳内が楽しいことになっている。

そして
哲学とそうでないとこの
切れ目はいったいどこなんじゃろ
とかも思う。

脳内が楽しいことになっている。

楽しいのはいいことです。